≪聖書日課≫

 

10日(月) 

イザヤ書7章10~17節 【その名はインマヌエル】 

強大なアッシリアに対抗するため、ダマスコの王レツィンとイスラエルの王ぺカは、ユダの王アハズに反アッシリア同盟への参加を呼びかけます。アハズ王に対応を聞かれたイザヤは、「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない」という主の言葉を伝えます。更に、「主なるあなたの神に、しるしを求めよ」との主の求めにアハズは、「わたしは求めない。主を試すようなことはしない」と断っています。 

イザヤは、主なる神の与えるしるしを提示します。インマヌエルの誕生は、神を信頼しないアハズにとっては滅びであり、神に信頼する者にとっては救いなのです。 

 

  11日(火) 

イザヤ書8章5~15節 【インマヌエルの原点】 

「ゆるやかに流れるシロアの水」は、ギホンの泉から湧き出る水の流れで、神がエルサレムを守られるという約束を象徴しています。アハズ王とユダの民はこれを捨て、シリアとエフライムの攻撃を恐れて、アッシリアに援助を求めてしまったのです。 

諸国の民は、連合して、武装して、戦略を練るがよい、と呼びかけられています。しかし、神が我らと共におられるので、彼らはおののき、挫折することが預言されています。政治的・軍事的策略が横行する中で、ただ神にのみ信頼することが、すべての力の源だからです。そうしなければ、人間の不信仰ゆえに、主はつまずきの石、妨げの岩、仕掛け網となります。 

 

  12(水) 

マタイ福音書18章18~20節 【主は我らと共に】 

16章19節で主イエスがペトロに告げられた、「あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」が繰り返されています。しかもその権限が、ペトロ個人から「あなたがた」に、つまり教会に拡大されています。教会の地上での決定は、天上でもそのとおりに承認されるのです。 

主イエスがおられなくなっても、信仰者が二人心を合わせて祈るなら、どんな願い事であれ、天の父はそれをかなえてくださいます。二人または三人が主イエスの名によって集まるところには、主イエスもその中に臨在してくださるという力強い約束が告げられています。 

 

13日(木) 

イザヤ書11章1~5節 【萌えいでるひとつの芽】 

ダビデの父親であるエッサイの切り株から芽が出、若枝が育つのです。ダビデ王朝は神の裁きによって切り倒されますが、その切り株からまた新しい芽が出て来るのです。その上に自由に働く主の霊がとどまります。それは知恵と識別の霊であり、政治や軍事を指導する力である「思慮と勇気の霊」であり、何よりも「主を知り、畏れ敬う霊」です。 

神の裁きは、正義と公平に貫かれています。そのためには外見だけではなく、事柄の本質を見極める力が必要です。正義と真実によって導かれる神の裁きは、立場の弱い者や貧しい者をないがしろにしたり、力の強い者をえこひいきすることはありません。 

 

14日(金) 

エレミヤ書23章5~6節 【主は我らの救い】 

バビロン捕囚期の回復の預言です。ユダの王であった者たちに対する罰が告げられています。この牧者たちは国を滅ぼし、捕囚に導いたのです。その後、主なる神御自身が牧者となり、散らされた民を集め、元の牧場に帰らせ、新しい牧者を立てられるのです。一度切り倒されたダビデの木の株から、一つの若枝が生え出て来ます。この王は神の意志を行い、正義と恵みの業を行うので、「主は我らの救い」と呼ばれます。 

北の国、捕囚の地バビロンからの解放と帰還は、民の出エジプトの出来事と並び称されるような大いなる救いの出来事です。このことを導いてくださった主は、生きておられるのです。 

 

15日(土) 

ルカ福音書1章26~38節 【いいなずけのマリア】 

主の天使ガブリエルは、ザカリアに現れて六カ月目に、ナザレの町に住むヨセフのいいなずけのおとめマリアのところにも遣わされました。天使ガブリエルの告げた「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」という言葉に、マリアは戸惑います。天使は、マリアが身ごもって男の子を産むことを伝え、その子にイエスと名付けるように告げています。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われます。 

結婚もしていないのにどうして赤子が生まれるのか疑念を抱くマリアに、聖霊がマリアに降り、いと高き方の力がマリアを包むという言葉が伝えられ、マリアはそれを受け入れます。  

 

  16日(日) 

マタイ福音書1章18~25節 【ヨセフの決断】 

ヨセフは、自分の関知しないところで婚約者マリアが身ごもったことを知って心を悩ませ、ひそかに縁を切ることを決心します。主の天使が夢に現れ、マリアの胎の子は聖霊によって宿ったことが告げられ、恐れず妻マリアを迎え入れるように説得されます。その子の名はイエスです。神の救済史の中で、自分の民を罪から救うという特別の使命を担わされ、インマヌエルと呼ばれます。 

ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおりマリアを妻に迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはありませんでした。そして、生まれてきた子をイエスと名付けました。