《2018年 8月12日(日)、山形キリスト教会平和主日礼拝

「サラの死と埋葬」                創世記23章1~20節

山形キリスト教会牧師 杉山修一

 

8月は、先の戦争の悲惨さと愚かさを思い起こし、平和を祈り求める月です。広島、長崎に原子爆弾が投下され、一瞬にして広島で12万人余りの方が、長崎で7万人余りの方が命を落とされました。街は瓦礫と化し、廃墟となってしまいました。人類が歴史上初めて経験した、大量破壊兵器による甚大な殺りくと破壊です。8月6日(月)広島市で持たれた平和記念式典で松井一実市長は、「人類は歴史を忘れ、あるいは直視することを止めたとき、再び重大な過ちを犯してしまいます。だからこそ私たちは『ヒロシマ』を『継続』して語り伝えなければなりません。核兵器の廃絶に向けた取り組みが、各国の為政者の『理性』に基づく行動によって『継続』するようにしなければなりません」と語り、昨年7月に国連総会で採択された「核兵器禁止条約」に触れ、「核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取り組みを進めていただきたい」と日本政府に要請しました。国連総会で核兵器禁止条約が採択されたとき、日本はアメリカの核の傘の下にあるとの理由で、アメリカに追随して反対票を投じました。安倍晋三首相は広島の平和記念式典でも、長崎の平和祈念式典でも、あいさつの中で核兵器禁止条約には触れることはありませんでした。長崎では、式典の後で被爆者代表の要望を聞く席で、そのことを尋ねられた安倍首相は、「今求められているのは、異なる国々の橋渡し役」だと語ったということです。核兵器保有国と非保有国との間に立って、唯一の被爆国の代表として核廃絶に向けて調整を図る気もなければ、そのような力量もない為政者の目くらましとしか言いようがない方便です。

 

8日(水)には、すい臓がんを患っておられた沖縄県の翁長(オナガ)雄志(タケシ)知事が67歳で逝去されました。もともとは沖縄の自民党の重鎮でしたが、米軍の普天間飛行場を名護市辺野古の海を埋め立てて、そこに移設することを承認した仲井真弘多・前知事の決定を覆す行政手続きを敢行して、日本政府と厳しく対峙しておりました。11月の知事選挙に向けて動向が注目されていた矢先の訃報です。日本政府から日米安保条約のしわ寄せを露骨に押し付けられながらも、沖縄の立場をしっかりと主張し、筋を通し、沖縄の基地負担の軽減に日本政府の誠意ある対応を求めてやみませんでした。今後の沖縄県政がどう動いていくか、見守っていきたいと思います。

 

さて、ここにも一人の人間の死が報告されています。アブラハムの妻であり、イサクの母でもあるサラです。サラはすっかりアブラハムの陰に隠れている感じですし、サラが直接主なる神の召命を受けたわけでもありません。しかし、サラがいなければイサクは誕生しておりませんでしたし、サラの協力がなければ、アブラハムの歩みはまた違ったものになっていただろうと思われます。その意味でサラはアブラハムの影のような存在であると同時に、アブラハムの分身でもあったように思います。そのことを裏付けるのが、子どもを産めない歳になった自分に代わって、エジプト人の女奴隷ハガルにアブラハムの子を産ませ、その子をアブラハムの嫡子として育てようと考えたことでした。このもくろみは、アブラハムの子を宿したハガルの態度が大きくなって、サラとハガルの立場が逆転しそうになったところで、もろくも頓挫してしまいましたが、サラはサラなりに、アブラハムの召命の出来事を真剣に受けとめていたことの証明となるような記事です。

 

またアブラハムは自分たちの身を守るために、二度も妻のサラが異国の王のそばめになろうとするのを、成り行きに任せようとしました。一回は1210節以降で、エジプトのファラオから見染められたときであり、もう一回は20章1節以降で、ゲラルの王アビメレクから召し入れられたときのことです。おそらくサラは、自分の身を顧みることなく、神の召命を受けたアブラハムの身を守ろうとして、捨て身の行動に出たような印象を受けるのです。

 

その一方でサラは、ハガルとその子イシュマエルには冷淡な態度をとり続けました。女性の嫉妬心の表れと見ることもできますが、温情に流される傾向のあるアブラハムを横目に見ながら、約束の子イサクの立場を危うくしかねない存在として、最後まで警戒心を解くことをしなかったしたたかさを見ることもできるだろうと思います。サラは127年の生涯をヘブロンで終えました。「アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ」23章2節)とあります。泣くだけ泣いて涙が涸れると、アブラハムはサラの亡骸をどこに葬るかに関心を移します。当時の葬りの風習では、火葬はありません。土葬はあったようですが、ここに描かれている埋葬の仕方は、洞穴のような所に遺体を横たえて、入り口に蓋をする形だったようです。そういう墓地に適した洞穴がたくさんあったような感触を受けます。

 

アブラハムは、この土地の者ではありません。アブラハムはこの地に移り住んで高々60年ほどの新参者です。主なる神から、あなたとあなたの子孫にこの地方一帯を与えるとの約束をいただいているものの、その約束は未だ成就していません。アブラハムは一寄留者にすぎません。4節の言葉が、アブラハムの立場をよく物語っています。「わたしは、あなたがたのところに一時滞在する寄留者ですが、あなたがたが所有する墓地を譲ってくださいませんか。亡くなった妻を葬ってやりたいのです。」いかにもへりくだって、ヘトの人々にお伺いを立てています。

 

アブラハムの申し出にヘトの人々が返している言葉を見ると、アブラハムがヘトの人々からどのように見られていたかが分かります。「どうか、御主人、お聞きください。あなたは、わたしどもの中で神に選ばれた方です。どうぞ、わたしどもの最も良い墓地を選んで、亡くなられた方を葬ってください」(5~6節)とヘトの人々は答えています。たいへんな敬意が払われています。両者の関係は極めて良好です。アブラハムはヘトの人々から一目置かれていた様子が、手に取るように伝わってきます。そこでアブラハムは、「もし、亡くなった妻を葬ることをお許しいただけるなら」(8節)と丁重に断りを入れて、エフロンの畑の端にあるマクペラの洞穴を譲っていただきたいと申し出ています。そして、「十分な銀をお支払いしますから、皆様方の間に墓地を所有させてください」(9節)と申し添えています。

 

 ここから、エフロンとアブラハムの間で取引が始まります。でもこの取引はちょっと変わった取引です。普通、取引というのは、自分の方が有利になるように交渉するわけですが、エフロンはマクペラの洞穴はもちろん、そこの畑も一緒に差し上げます、と持ちかけています。それを聞いたアブラハムは「わたしの願いを聞き入れてくださるなら、どうか、畑の代金を払わせてください。どうぞ、受け取ってください」13節)と引きません。「ただほど高い物はない」ということわざを知っているかのようなアブラハムの口ぶりです。そこに、すかさずエフロンの言葉が入り込みます。「どうか、御主人、お聞きください。あの土地は銀400シェケルのものです。それがあなたとわたしの間で、どれほどのことでしょう。早速、亡くなられた方を葬ってください。」1415節)ここでエフロンは、技あり一本を取ったのではないでしょうか。ただで差し上げますと言っておきながら、結果的には相場よりも割高な代金を手に入れるしたたかなエフロンです。

 

貨幣経済がそんなに発達していない古代社会にあって、アブラハムはどうしてそんな大金を持っていたのでしょうか。20章でゲラルの王アビメレクがアブラハムの妻サラに心引かれて、危うく罪を犯しそうになった場面で、サラがアブラハムの妻であることを知ったアビメレクは、16節でアブラハムの妻サラに、「わたしは、銀一千シェケルをあなたの兄上に贈りました」と語っている場面があります。ですからアブラハムは、労せずに銀一千シェケルを得ていたことが分かります。アブラハムはヘトの人々が見ている前で、銀400シェケルを商人の通用銀の重さで量り、エフロンに渡したのです。証文とか、土地の謄本といったようなものはありません。人々の記憶の中にこの商行為は刻まれ、受け継がれていくのです。そしてこのことは、カナン地方の土地を与えるという神の祝福の約束の成就の第一歩となったのです。こうしてアブラハムは、「カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑の洞穴に妻のサラを葬った」のです。後々アブラハムも、ヤコブもこの墓に葬られていきます。

 

 アブラハムは力づくでサラを葬るための墓地を手に入れたのではありません。ヘトの人々をたぶらかして墓地を奪い取ったのでもありません。ヘトの人々皆が見ている前で、穏便に、礼を尽くし、誠意を尽くして交渉に当たっています。むしろ、うまく取引をしたのはエフロンの方です。割が合わなかったとしても、アブラハムはエフロンの言い値でマクペラの洞穴を手に入れました。妻との死別という人生に危機に、アブラハムは極めて冷静で、謙遜です。この信仰の父アブラハムの姿勢の中に、神に望みを置いて信仰に生きる者の謙虚さを見て行きたいのです。

 

 1620節お読みして、終わりたいと思います。

 

 アブラハムはこのエフロンの言葉を聞き入れ、エフロンがヘトの人々が聞いているところで言った値段、銀四百シェケルを商人の通用銀の重さで量り、エフロンに渡した。こうして、マムレの前のマクペラにあるエフロンの畑は、土地とそこの洞穴と、その周囲の境界内に生えている木を含め、町の門の広場に来ていたすべてのヘトの人々の立ち会いのもとに、アブラハムの所有となった。その後アブラハムは、カナン地方のヘブロンにあるマムレの前のマクペラの畑の洞穴に妻のサラを葬った。その畑とそこの洞穴は、こうして、ヘトの人々からアブラハムが買い取り、墓地として所有することになった。

  

 お祈りをいたします。